日本におけるベッドと寝具の歴史

世界の寝具

世界にはハンモッグで寝る人もいます。

ワタシが小さい頃はベッドで寝ている、なんて云う同級生は皆無だったような気がします。

もっとも、かなり小さいころ、近所の知り合いが戸板の下にみかん箱かなんかを置いて、その上に布団を敷いていたのを目撃したことがあります。

これなんか今思うと、ベッドと呼んで良いのではないでしょうか?

戸板を持ち上げて寝たその訳は「畳の上に寝るとノミが上がってきて…」

つまり当時は衛生状態がかなり悪かったんです。ノミよけにベッドが良かったようです。

しかし今日では、どこのオタクでもベッドの一つや二つあるのでしょうね?

住宅の洋風化や、布団を出し入れする億劫さが、現代人には受け入れ難い、という人が多いのではないでしょうか?

現代の日本に於いて、ベッドを一番使っているところはどこかと言いますと、ホテル、病院、船舶、潜水艦、自衛隊駐屯基地…

まだまだ色々ありそうですが、ほぼ外泊するとベッドですよね。

では日本で、今日のようにどのように寝室と寝具が発達し、ベッドが普及してきたのでしょうか?

近年の住宅事情は、畳部屋が極端に少なくなってフローリング化(洋風化)をしてまいりました。

床に直に座るという姿勢が、今や、だれでも耐え難いことは経験上知っていることです。

今、床に直に座る生活は、日本武道、お華やお茶などの稽古、仏教等特別な状態を除いて皆無です。

皆さんダイニングテーブルで食事をし、居間はソファーで過ごし、ベッドで眠ることが普通です。

寝室、ベッド、トイレ、ダイニングは、ほとんど欧米化してる感じです。

住居だってそうです。障子や襖は減り、ガラス戸になってカーテンを掛けるのが当たり前。

コンクリート集合住宅のマンションは、昔言われた文化住宅(団地)の延長で欧米化の象徴です。

明治の頃、日本を知った欧米人は、畳(床)の上に直に布団を敷いて寝る日本式寝室はきっと、異様に映ったに相違ありません。

これは私たち日本人には当たり前のことですが、ベッドを使う欧米人から見ると、床の上に直接ベタッと寝具を敷くこの寝方はかなり特異なんですね。

だってそれは、欧米人は家の中でもクツを脱ぐことがないからです!日本人から見ると、こっちの方が異様ではあるんですが…

もっとも、ホテルはほとんどがアメリカンスタイルで靴履きですが、だからといって普通のお宅へ伺った時、靴のままで座敷に上がり込んだら、ひっぱたかれるかも知れません。

住居が欧米化して洋式トイレは歓迎され、ベッドや椅子の生活が進んのだのですから、クツのまま家に入っても良さそうなものですが、これだけは昔の畳生活の時代そのままというのは、日本人の清潔好き、お風呂好きであることなどの日本人のDNAにまで沁み込んだ文化のせいかもしれません。

そうなんです!ここに日本人の秘密があります。

西洋の生活で、便利なもの、具合がいいものを取り入れる場合でも、少しずつ日本ナイズしているのです。

きっとベッドだってそうに違いありません。

畳みベッドや、マットレスの多様化など、日本人にあったように進化しているのではないか?

さて、では、日本においてベッドはいつ頃導入されたのでしょうか?気になるところではあります。

その前に世界の国々の寝室やベッドはどうなっているのでしょうか?少し調べてみましょう。

世界の寝室とベッド事情

地面に掘ったの中で寝る人

地面に掘ったの中で寝る人

世界の国を見渡すと、ベッドでも布団でもない寝具を使って寝ている人たちもいます。

熱帯地方の未開の先住民達は、枯れ草などを敷いて眠るところもあります。

地面の湿気や虫や蛇から身を守るために、ハンモッグで眠る種族もあります。

雨のあまり降らない地方では、毛皮やじゅうたんを敷いて屋外で星を眺めながら眠る国もあるようです。

当然欧米ではベッドを用いるのが一般的です。欧米の植民地であったところも、おそらくは多分そうでしょう。

寝具や寝室のありかたは、文化や気候や習慣により様々な形態がありますが、いずれにしても、寝室(と呼べる部屋のないところもありますが)は、休息を取り、身体を健康に保つために重要な役割を果たす睡眠を取る部屋、だということは万国共通のようです。

日本でもベッドはごく最近で、大昔の縦穴式住居の頃からワラなどを敷いて、地べたに寝ていたのではないでしょうか?

住居は高床式になり、そのワラが次第に布団に進化しただけなんです。

家屋というものが発達したのは、やはり日本は、夏は高温多湿で、冬は凍え死ぬほど寒いですから、当然、寝室とか寝具の発達は熱帯地方の国より早く強固になったと思われます。

しかし布団と云っても、今のような軽い布団が現れるようになったのは、結構最近のことのようです。

日本の布団の歴史

鎌倉時代の上流階級の寝室

鎌倉時代の絵巻物に描かれた上流階級の寝室

現在の「ふとん」というものが登場したのは16世紀半ばすぎといいます。
徳川政権初期ですから歴史的に見ればごく最近です。
(布団の中に入っている綿が中国や朝鮮から輸入されるようになってから)

そういえばワタシの子供の頃の布団はやけに重かったような記憶があります。
羽布団なんか結婚してから使い始めましたからごく最近(1970年台)のことです!

 

平安時代は布団がなく、貴族でも着るものを重ねて床に直寝と聞いたことがあります。

十二単はそのためであると…ホントでしょうか?

平安時代になりますと、貴族たちは寝殿造りとよばれる御殿に住むようになり、母屋に「御張台(みちょうだい)」(「張台(ちょうだい)」「御張(みちょう)」とも)と呼ばれる天蓋付きベッドのようなものを寝室としていました。

「張台(ちょうだい)

平安時代の貴族の「張台(ちょうだい)

江戸時代に入って掛け寝具は「夜着」(着物の形をした大型の綿入れ、いまでもかいまき布団と云って残っています)
そういえばワタシの在所では「布団を着る」という言葉が残っています!

敷き寝具は布団・ふとんと呼ばれるようになります。

17世紀半ば頃から上・中層の武士や町人の間で愛用されるようになり、当時の「布団」といえば敷き布団を指す言葉として使われ出すのもこの頃です。

但し、その多くは綿の量が極めて少ない、いわゆる「せんべい布団」です。

背中に床板が感じられるような薄さです。

日本で綿花が大量生産されるようになったのは、北前船が行き来し魚粉が肥料に使われるようになったからと言われています。

でも綿は高価でしたから、布団綿として使われるより衣服に使われるほうが多かったに違いありません。

また掛け布団ですが、関西地方では衾(ふすま、四角い掛け具)を使うことが多かったといい、この衾がやがてワラや綿を詰めて四角い掛け布団に発展していきました。

江戸後期に記された風俗誌「守貞漫稿」によれば、上方には敷き布団に三幅(みの、幅約1.2cm)、上掛けに五幅(いつの、幅約175cm)の「大布団」(長さ約190cm)と呼ばれるものを使用したとありますが、江戸では夜着が主流であり、大布団を使うのはまだまだ稀でした。

「夜着(よぎ)」

「夜着(よぎ)」と呼ばれる木綿わた入り大型着物です。江戸時代中期、大名が使用した。

ただ、江戸期では貧しい庶民や武家の下男は、掛け布団として「紙衾」(柿渋を塗った和紙に藁くずを入れて周りを縫ったもの(天徳寺とも呼んだ)を使用したといいます。

ただ、農村では依然として菰(こも)や筵(むしろ)だったといいますから、秀吉が日吉丸と云った頃、矢作橋の上でコモをかぶって寝ていた、というのはむしろ普通だったのかもしれませんね。

矢作川の橋の上で寝ていた日吉丸

矢作川の橋の上で寝ていた日吉丸(想像図)

綿入りの掛け布団、敷き布団が一般的になったのは、海外から安価な綿が大量に入ってくるようになった明治時代以降のことで、布団専門店が誕生したのは1888年頃とのことですからわずか120年ほど前のことです。

充填物が軽い化繊綿、ダウンとか養毛とかに移り変わったのは、昭和期中頃の高度成長により生活水準が劇的に上がり、一億総中流と呼ばれるようになったころです。

当初は高嶺の花だったダウン布団や羊毛布団が、だれでも手に入るような低価格になったのは、労働賃金の安い中国で生産されるようになったことが大きな要因です。

さて、それでは、日本におけるベッドの歴史はどうなっているでしょうか?

日本に於けるベッドの歴史

戦時中の病院のベッド

戦時中の病院のベッド

私の記憶では、織田信長や豊臣秀吉がベッドを使っていたようなシーンをどっかで観たような気がしますが、宣教師によりもたらされたのでしょうか?

と単純に思っていましたが、調べてみてもその事実が出てきません。これはやはりドラマの脚色であったような気がします。

ベッドはエジプト文明の頃(紀元前3000年前)にはすでに使われていたといいますが、ピラミッドを作る技術があったエジプトでは考えられることですね。

でも王族貴族はそうだったでしょうが、庶民は床に粗末な薄物なんか敷いて寝たかもしれません。

ベッドが日本に伝わったのは奈良時代以前に中国より伝わったということです。

正倉院には聖武天皇のベッドが保存されています。

かなり早い段階から皇族や貴族、高級官僚などの間で使用されていたなんてありますが、平安時代に畳の出現〔筵のようなもの)と共に、居住空間の様式が変化し廃れたようです。

筵が敷布団代わりになりこの筵の上に寝たんだそうです。貴族はその筵を何枚も重ねてベッドにします。それまでは板の上に寝たんですから大変な進歩です!

だからベッドは一般には当初から広まらなかったんですね。

一般人の民衆は土間にワラを敷いて潜り込んでいたといいますから、今考えれば惨めです。

そういえば昔、納屋のワラに潜ったことがありますが結構暖かったかだったような記憶が…

藁布団という言葉があるくらいですから、当時は一般的だったんでしょうね。

明治以降、欧米式の生活様式が広まると共にベッドも伝わりますが、畳の上で寝る形式が普通であった日本に於いては一般社会には余り広がらず、病院や軍隊等、特殊な生活環境を要求される際に使用する物(あるいは金持ちのステータス)の意味合いが強かったようです。

確かに想像してみても、和室にベッドを置いてはイカン、ということはないですけど、どうにも違和感がありますよね。

ちなみに日本に外来語としてこの語が入ってきた当時は「ベット」とも呼ばれていたそうです。

ドイツ語ではBettであり、ドイツ医学由来の呼び名を使っていた医療現場を中心にベッドが納入されていたために、その影響もあったのではないか、とも言われています。

やはりベッドの普及は、文明開化と言われた明治以降であり、最初は病院や軍隊で導入され、第二次世界大戦後に大衆の生活の欧米化と歩調を合わせるように、進化していったのが真相のようです。

 

まとめ

 

日本における寝具やベッドの歴史はごくごく浅く、非常に短いものです。

今では私たちの生活に欠かせない寝具として存在する布団ですが、高級品であった綿布団が一般庶民にも普及したということになると、昭和に入ってからです。

産業の工業化が進み、大量生産がおこなわれるようになったことで、価格が落ち着いたことも綿布団が普及したきっかけでしょう。

その後は長い間、日本では布団文化が息づいてきましたが、1950年代に入ると、車のシートで使われるスプリングを利用してできたソファーベッドが登場しました。

それはフランスベッドによってもたらされました。大ヒットしたそのソファベッドの商品名が社名になったのです。

この頃からは、富裕層にだけ使用されていたベッドが一般人にも普及し始め、今ではさまざまなメーカーから良質なベッドが登場しているのは私たちも知るところです。

私たちが、自分のニーズに合ったベッドや布団を購入できるようになるまでには、前述したような長い歴史を経てのことだったのです。

-neruco-

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